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Agnes' Profile 本名 金子 陳 美齢 生年月日 1955年8月20日 出身校 上智大学 国際学部 カナダ・トロント大学 社会児童心理学 米国スタンフォード大学 教育学部博士課程 血液型 AB型
Agnes' History 1955/8/20 イギリス領香港、賛育病院にて、6人兄弟の4番目として生まれる。 1967/5 マリー・ノーズ・シスターズスクール在学中、YCS(キリスト教救済事業団)にはいり、ボランティア活動を始める。また、学校ではフォークソング部に入り、独学でギターを覚え、チャリティーコンサートに参加。 1971 チャリティーコンサートで歌っているところをスカウトされ、「サークル・ゲーム」で香港デビュー。記録的な大ヒットとなる。 1971/11 「サークル・ゲーム」の大ヒットにより、”香港トップ10シンガー賞”受賞。 亜州最佳歌手(アジア・トップ・シンガー)の名誉を得る。 香港の若者たちのアイドルとなり、RTVで自分の番組を持つほか、映画に出演したり、新聞にコラムのページを持つスーパースターとなる。 1972/11/25 日本での本格的な歌手活動のために来日。 「ひなげしの花」(ワーナー・パイオニア)で、日本の芸能界にデビュー。”香港からきた妖精”と呼ばれ、たちまちアイドルの仲間入りを果たす。 1973/1/27 東京・新橋のヤクルトホールで、日本での初コンサート。「アグネスチャンフラワーコンサート」 1973/9/10 仕事と学業の両立をめざし、上智大学国際学部に入学。 できる限りの時間を勉強に費やす。 1973/10/24 「草原の輝き」で第6回新宿音楽祭金賞を受賞。 1973/11/11 「草原の輝き」で第15回日本レコード大賞新人賞を受賞。 第6階全国有線放送大賞新人賞を受賞。 1973/11/20 「草原の輝き」で第4回日本歌謡大賞の放送音楽新人賞受賞 1973/12/31 第24回NHK紅白歌合戦に「ひなげしの花」で、初登場。 1974/1/25 第11回ゴールデンアロー賞の音楽新人賞と、最優秀新人賞を受賞。 1975/3/15 アグネス・ブームのさなか、東宝から初の主演映画「アグネスからの贈り物」が公開。 1975/6/28 「はだしの冒険」で第4回東京音楽祭に出場。シルバーカナリー賞を受賞。 1975/8 大阪コマ劇場、東京日劇でアグネス・チャンショーを開催するなど、ステージでも大活躍。 1976/6/25 心理学への興味が断ちがたく、家族と相談の上でカナダ留学を決意。 1976/8/5〜6 香港で突然の引退声明。多くのファンに惜しまれる中、さよならコンサート「また逢う日まで」を大阪、東京、名古屋で開催。 1976/9 カナダのトロント大学エリンダーカレッジ(社会児童心理学)に編入学。 1977/3/24 アグネス最愛の父・陳燧棠氏死去。 1978/8/15 トロント大学を優秀な成績で卒業。 1978/8/14 卒業後の進路に悩みながらも、再び歌の道に進むことを決意。 日本に再来日、芸能界に復帰。 1978/8/31 日本武道館で、復帰後初のコンサート。 約1万人のファンがつめかける。その後9月27日まで、全国10都市で「ハッピー・アゲイン」コンサートツアーを開催。 1979/5/21 早稲田大学「歌で聞かせる英語講座」で、一日講師を務める。 1979/11/14 香港でのアルバム「雨中康乃馨」を発売。 香港の芸能界カムバック。 1980/1/13 歌のみでなく幅広い仕事に取り組み出す。 香港で学生たちの手で開催された『カンボジア難民救済チヤリティー・コンサート』に出演。 1980/4/6〜 TBS系『オーケストラがやってきた』に、山本直純氏とレギユラー司会を担当。 1980/4/25 「カンボジア難民救済チャリティー・コンサート」のためアグネスみずから作詞作曲した『ぼくの海/Children of the sea』を発売。初のメッセージ・ソング。 1981/1/24 ローマ法王歓迎イベント『ヤング&ホープ大集会』で、司会進行役を担当。敬虔なクリスチャンであるアグネスにとって、生涯忘れることのできない大感激となった。 香港のリー・シアターで初のリサイタルを開く。 1981/5/11 東京・都市センターホールで『イントシナ難民救済コンサート』を開く。 1981/9〜11 全国13ヶ所で『カンボジア難民救済チャリティー・コンサート』ツアーを行なう。 1981/10〜11 日・米・中・伊合作の国際超大作テレビドラマ『マルコ・ポーロ』に出演。北京、桂林でのロケは、彼女の中に中国の血を呼びさます。 1982/9/13 香港にてアルバム『璃江曲」を発売。 このアルバムの大ヒットで各賞を受賞。 1982/8〜10 大阪朝日放送『スペース・シャトル』特番のため渡米。NASA各地を取材する中、平和への願いを深くする。 1983/4 大阪バナナホール、東京・新宿ルイードで初ライプ。 その後、ライプコンサート活動も開始。 1983/4/5 朝日放送系『宇宙に舞う雪チャレンジャー号いま宇宙に』放映。 1983/9/21 初めてのアグネスによるプロデュースLP『ガール・フレンズ』発売。 1983/11/12 初めての料理本「アグネス・マイ 中華」(誠文堂新光社刊)発売。 1984 NHK大河ドラマ「山河燃ゆ」に出演。第二次世界大戦を背景に、日本と中国の間で揺れ動く中国娘の役を演じる。 1984/5/10 エッセー集『ひなげし語録』(現代出版)を発売。 1984/12/7 国際青年年記念の平和論文募集で特別賞を受賞。バチカンで開かれた『世界平和シンポジウム』で司会進行を務める。 1985/2 初めて母の故郷を訪れ、その歓迎ぶりに心から感動する。この模様はNHK特集『帰ってきたツバメ一アグネス・チャンのルーツ、一(中国・貴州ロケ)で放送。 1985/4 中国宋慶齢基金主催の子供たちのためのチャリティーコンサートを、北京の首都体育館で開催。3日間で約6万人を動員。 1985/5 日本テレビ系『24時間テレビ』の総合司会としてエチオピアのシリンカ難民救済キャンプを訪れる。悲惨な飢餓の状況を目にし、帰国後アフリカ救済を強く訴える。 1985/12/25 香港の占い師による儀式にのっとり、金子力氏のもとに入籍。 1986/1/11 香港天主大聖堂にて結婚。続いてリージェントホテルで結婚披露宴。多くの人から祝福を受ける。 1986/1/15 束京・帝国ホテルで、日本での結婚被露宴。 1986/2/19 日本婦人放送者懇談会大賞(SJ大賞)を受賞。 1986/5/4 国際平和年によせて、世界8ヶ国の子供たちが集う中、『エンジェル・サミット・イン・トウキョウ』の進行役を務める。 1986/5 日本ジャーナリスト会議特別賞を受賞。 1986/7 麗澤大学で初めて講義をする。(非常勤講節) 1986/9 信州大学で初めて講義をする。(客員講飾) 1986/11/1 カナダにて、待望の男児出産。 世界の平和を願い、「和平」と名づける。 1987/2/13 出産のため休んでいた芸能活動を再開。 1987/3/31 (株)渡辺プロダクションより独立、 新事務所”トマス・アンド・アグネス”を設立。 新スタートをきる。 1988/2/19 参議院「国民生活に関する調査会」にて参考人として発言。 仕事と子育ての両立を目指す女性の一人として、育児休業制度等の整備を訴える。 1988/5 世男女性文化交流会議(実行委員長)に参加。 1988/6/21〜30 カンボジア訪問(NTV『24時間テレビ』) 1988/9/2〜11/3 全国9都市でマタニティーコンサートを開催。大好評を博す。 1988/9/19〜21 信州大学で異文化コミュニケーション論の講義をする。(非常勤講師) 1988/12/1 子連れで仕事をすることの是非を問う「アグネス論争」のさなか「アグネス」という言葉で'88日本新語・流行語大賞大衆賞受賞。 1989/3/25〜10/1 横浜博覧会住友パビリオンにてイメージキャラクター兼アドバイザー。 1989/4/12 NTVドラマ空飛ぶ母子企業に主演。 1989/5/11 カリフォルニア州立大学にて特別講演。 1989/6 名古屋女子文化短期大学で初めて講義をする。(非常勤講師) 1989/6/20〜26 フィリピン訪問。(NTV『24時間テレビ』) 1989/9/27〜 米国スタンフォード大学(博士課程)に入学。 仕事を続けながら、教育学の研究を開始。 1989/10 読売新問「アグネスの親子留学」、
朝日新聞「アグネスの子連れ留学日記」連載開始。 1989/11/3 次男 昇平君誕生。 1990/3/13 青山「子供の城」にて親子のペアファッション・ブランド「DEAR AGNES」発表。 新しい親子のライフスタイルを提案する。 1990/3/29〜 スタンフォード大学春学期のため渡米。 1990/6/24〜7/3 ベトナム、カンボジア訪問(NTV『24時間テレビ』) 1990/7/11〜14 鹿児島大学で講義をする。(非常勤講師) 1990/9/1 「世界の童謡子守唄全集」発表。 歌を通して世界中の子供たちの交流を願う。 1990/9/21 アルバム『ディア・アグネス・カーペンターズ・コレクション(ポニー・キャニオン)』発表。 1991/3/27〜4/3 ネパール訪問(NTV『24時間テレビ』) 1991/4/4 『ディア・アグネス』一周年記念パ−ティ、20店舗に拡大。 1991/9/14 『幸せなのになせ涙がでるの』(労働旬法社)発売。 1991/7/2〜28 NTV『24時間テレビ』総合キャスター。 1991/8/21 世界の童謡子守唄全集1,2発売(ポニー・キャニオン)。 1991/11/25 世界の童謡子守唄全集3,4発売(ポニー・キャニオン)。 1991/12/4 博士課程修了、帰国。 1992/6/14 スタンフォード大学博士課程の卒業式に参加する。 博士論文は「日米高等教育の比較研究」。 1992/7/1 世界の童謡子守唄全集第5集発売、全100曲集となる。 1992/9/18 CD『好きになってもいいですか』発売(ポニー・キャニオン)。 1992/9/21 『スタンフォードの朝』(日本文芸社)発売。 1992/10/4〜5 東京、カザルスホールにて20周年記念コンサート『好きになってもいいですか』開催。 1996/9/30 三男 協平君誕生。 1996/11/5 慶応大学で講義をする。(非常勤講師)
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