え~、あの、オレ、いやその。ぼ、僕、この章でアグネスのことをくっちゃべる、いや、あの、お、お話しすることになりました。その・・・。
(ィテテテッ、何すんだ。やめろ、やめろってんだよ。なんでオレなんだよ。やだよ、なんでオレがやらなきゃいけないんだよ。えっ? はじまってる?)あ゛・・・。
(おい、普通にしゃべっていいだろ、やるからさ。しゃべりづらくてよ。な、いいだろ?)
ったく。じゃよ、はじめるとすっか。
だいたいこのタイトルはなんだよ。アグネスのアイドル性だって? そんな分かりきったこと。何でわざわざ。見りゃ一目じゃねえか。なあ、そう思わねえか? 何? それじゃ話が進まないって? しょうがねえなぁ。
じゃこれみて見なよ。これだってそうだ。これも、これも、これも、これも、これもだ。どうだ? 分かるだろ? ん? じれってえな。可愛いんだよ、すっげー。もうこんな可愛い子が世の中にいていいのか、ってくらいにな。もうハート直撃よ。ドキドキしたよ、最初見たときは。たまんねえ、って感じ。なんせ「妖精」だぜ、よーせー。まんまじゃねえか。
―― 顔、赤くなってますよ
う、うるせっ。勝手じゃねえか、そんなこと。正直、今思い出しても胸キュンなんだよ。お前さんにゃ分からねえだろ。歌声だってそうだ。あんな声聞いたこともねえ。ハイトーンで、おまけにちょっと甘えたようなとこがあって。しゃべるともっと良かったな。最初のころはヘッタクソな日本語だったけどな。でも一所懸命しゃべってるって感じがして。おおよしよし、頑張ったねえ、てなもんよ。仕草も可愛かった。ちょうど、なんてゆーか、どっちかっていうと妹みたいな感じだった。変だけどな。
―― 妹?
そうよ。思い出しても見なよ。あのころのアイドルってのは、お姉さんタイプか、同級生タイプが多かっただろ? 妹みたいな印象のアイドルってのはそういなかっただろうが。まあアグネスの場合は、見た目幼かったせいもあるがな。だから、あんなツレがいたらなって憧れる反面、妹として護ってやりたいなんて兄貴の気分もあったね。今だとなんかアブナイ矛盾に聞こえるけど。
―― 恋人にしたいといっても、ファンはたくさんいたでしょうに
そんなものは思い込みひとつよ。そうだろが。レコード聞いてるときアグネスが歌いかけているのは誰だ? オレひとりだ。写真集見てるときアグネスが微笑みかけてる相手は誰だよ? オレひとりじゃないか。そんなときはオレとアグネスは「1対1」よ。誰のものでもない、オレだけのものだ、って思えたものさ。テレビでさ、公開番組なんかでアグネスが歌って、みんな応援してる様子が放送されたりしただろ? あれだって、みんなオレのアグネスを応援してるんだ、なんて思えちゃったもんね。みんなありがとう、ってね。
―― 疑似恋愛ですね
なんだそのギジ恋愛ってのは。恋愛もどき? ふーん、そういやそうともいえるわな。ギジ恋愛ってのか。ギジって漢字書けねえな、どうでもいいけど。
―― ファンクラブは?
お前さん、何聞いてたんだよ。ギジ恋愛してんのに、なんでファンクラブなんか入る? ファンクラブ入りゃ否応なしに「1対たくさん」になっちゃうだろが。そうなりゃもう独り占めなんてできないわさ。だからコンサートなんかにも行く気しなかったね。もっとも、田舎に住んでたから、行きたくたっていけなかったけどな。そうそう、誰かさんもおんなじような理由でファンクラブ入ってなかったんだって。
それにファンクラブっていうのか、親衛隊っていうのか、連中横のつながりがすごいんだって? オレそういうのダメ。ウザったいの。
―― 友達でアグネスファンの人いませんでした?
さあてね。知らないねえ。第一聞けるわけねえじゃねえか。あのころってのは、中学も高学年になって、ましてや高校に行ってたりなんかすりゃ、オレアイドル聴いてます、アグネスのファンです、なんて口が裂けたって言える雰囲気じゃなかった。
あのころは、仲間内じゃ音楽に妙な上下関係があってな。覚えちゃいないかい? まず一番は洋楽。不思議と洋楽だったらなんでもありみたいなとこがあった。ロックでもフォークでも。英語で歌ってりゃなんでもよく聞こえたのかもしんねえな。
次に来るのが日本のフォークとかロック。ここまでだ、人前で話ができたのは。その下に歌謡曲がきて、その中にアイドルがいたんだ。この辺りはおおっぴらに話しなんかできなかった。音楽の士農工商だね。でもおんなじアイドルでも南沙織は許せた、なんて変なとこもあった。とにかく普段はダチなんかと、やれパープルがどうした、ツェッペンリンの新譜がどうの、なんてダベッてた。ま、実際よかって、レコードなんかも買ってたんだけどな。レコードラックにゃ、そんな洋楽系のレコードが目立ってた。その隅っこに、さりげなく「ひなげしの花」とか「草原の輝き」なんかがあったわけだ。それでときどき引っ張り出して曲聴きながら、アルバムジャケ見てたわけよ。家でステレオ鳴らしゃ親にも聞こえるわな。で、スピーカ使うのはもっぱら洋楽。アグネスの曲はヘッドホンというわけよ。親にも知られたくなかったのね。知ってたと思うけど。
―― 屈折してません?
言えばそうかもしんないけど、そんなもんだったんじゃないか。あのころは。歌謡曲が、と言うよりアイドル歌謡が見直されて、高校生や大学生あたりが堂々とアイドル聞いてるって言えるようになったのは、それから少しあとだったような気がする。キャンディーズとかピンク・レディーとかな。
―― ヤリたいと思った?
お前さんなあ、やっぱアイドルのことちっとも分かっちゃないねえ。あのね、今はしんないけどよ、あのころのアイドルってのはそういう対象じゃなかったわけよ。そりゃもちろん、オレだっていっぱしに「H」欲はあったわけだけど、それはそれ、これはこれだよ。アイドルってのはなんかこう、ある種神聖なとこがあったように思う。だからアイドルだったとも言えるわけで。大切にしたい、という思いがあった。
―― ウブだったんだ
そういうんじゃないって。ウブなやつが学校サボってロマンポルノ見に行くかよ。そんなんじゃない。アイドルは特別な存在だったんだ。今と違って。パツイチの対象にはならなかったんだ。
アグネスみたいに可愛くて、はかなげで、いまにも壊れそうで。オレが護ってやらなきゃどうする、って。アグネスには男の中のそういった部分に訴える何かがあった。18やそこらで単身外国に来てけなげに頑張ってる、ってのもだいぶあったろうな。
アグネスが日本に来たはじめは、言葉はダメだったし、歌なんかもちょっと緊張してたとこがあった。顔つきだって、たしかにすごく可愛かったけど、けどやっぱどこか日本人とは違ってた。印象が。どこがどうってんじゃないんだけどね。別に悪い意味じゃないぜ。
それががんばってがんばって、日に日に言葉が上達してきて、歌も良くなって、おまけに顔つきまで変わってきた。律義に親との約束守って勉強もちゃんとやってたみたいだしな。そんなアグネスを見てるのが、もう最高だった。大切な宝が日に日に輝きを増してくる、そのことを実感させてくれたんだ。
―― アイドルっての商業主義のかたまりでしょう?
その質問くると思った。確かにその点じゃ世間知らずだったかもしれない。あのころ、プロダクションやマスコミに作られた「商品」を後生大事にしてたオレらを見て、大人たちがバカにしてた気持ち、今なら少し分かる。けどあのころはそうは絶対に思えなかった。見たとおりがモノホンとしか思えなかったんだ。本当はそいつはウソっぱちの、えーと、なんて言ったっけ?モノホンと違うこと・・・
―― 虚構?
そう、それそれ。またむずかしい字だな。で、オレたちが見てたのはそのキョコーだったわけだ。キョコーの裏側には、その、ほれその反対・・・
―― 実在
そう、そのザイ。それがあったわけだけど、オレたちは、いいや、少なくともオレはそのキョコーとジツザイが一緒だと思ってたんだ。見た目がすべて。裏も表もないってね。けど実際はそうじゃなかった。キョコーとジツザイ、アイドルと本人は実は全然別の存在なんだ、って理解できたのはずいぶんあとだった。
どっかで読んだ話だけど、そのキョコーとジツザイを区別せずに、んーとつまりキョコー = ジツザイで最後までつっぱって成功したアイドルが百恵ちゃんだって。んで、キョコーとジツザイは別なんだ、って割り切って成功したアイドルが聖子ちゃんなんだってよ。なんとなく分かるよな。時代も違うしね。
でもよ、いまそこまで分かっていても、アグネス本人とは全然別のとこにいたキョコーだったとしてもだ、アイドルしてたアグネスはやっぱ最高よ。アグネスにゃ悪いがね。
―― アグネスがアイドルしてたのは?
うーん、やっぱ留学までなんだろうな。今思えば、アイドルしてた、っていうより、させられてた、っていうほうが当たってるんだろうな。でも復帰後はどうなんだろうな。本人は「これからはニューミュージックの歌手としてみてくださいね」なーんて言ってたけど。というのはさ、アグネスってもしかしたら、天性のアイドルじゃないか、って思えるのよ。実際。アイドルの、その、定義(おい、この使い方いいんだよな?)って知っちゃいないけどよ、人を惹きつけるってのがアイドルだったとしたら、全然変わってないじゃない? そうは思わないか? えーと、(なあ、ここの空間って1985年で止まってるんだったっけ? え? あんまり気にしない? そう)んと。今彼女45だろ。今年で46になるわな。はっきし言って、あー、いいオバサンだわな。実際。けどよ、なんか違うんだよな。ほかと。とくに新曲出してからあとな。ノリがさ。往年のアイドル精神が復活してきてるんじゃないのか? とにかく変な気分だよ。
話は違うけどな、「また逢う日まで」って本知ってるだろ? あれ、すごいショックだったのよ。
―― どういうこと?
アグネスが自分の言葉でしゃべってるのよ。それもオレが見たことも聞いたこともないアグネスをな。アイドルと本人が違うことをキョーレツに思い知らされた本だったんだ。あとで、アグネス自身がこの本は自分で書いちゃいないなんて言ってたようだけど。どっちにしたって、その時は分かるわけないだろ。信じるしかないわけよ。留学/引退という事件より、この本のほうがよっぽどインパクトあったね。おんなじようなことはさ、彼女「ツバメの来た道」でも書いてるけど、こん時にはひととおり終わっちまってたわけで。・・・思えばオレも青春してたんだよなあ。しみじみ。
・・・いま、ちょっと気がついたんだけどさぁ。アグネスのファンって大きくは2度の試練を体験したんだろうね。ひとつは留学/引退よ。'76年のこの出来事で、アイドルファンはがっかりして離れていったんだろうな。けど、オレっちみたいなギジ恋愛派はそのあとのほうがよかったように思えた。だってさ、アグネスはオレたちのところに降りてきちまったんだぜ。チャ――ンスっていうわけよ。けど、そのオレも'85年の壁は越えられなかったんだ。今もってファンだっていうヤツは、アグネスっていう人間に惚れたんだろうね、きっと。どうでもいいけどね。―― でもな、去年アルバム出したろ、「メランコリー」ってやつ。あのジャケ写真、見てビビッときたのがこれよ。なあ、お前さん。どう思うよ、見てさ。この間にゃ25年あんだぜ。最近、気持ちがざわついてどうしようもないのよ、ホント、困ったことに。
―― いまアグネスがここに来たらどうします?
ええっ? さぁ、どうするかな。たぶん、胸一杯になっちゃってなにも言えなくなるだろうなぁ。
―― また赤くなってますよ
ほっとけっ。バカ